PERMANENT

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Pattern of Life

by permanent

on Mar.23, 2013 17:51

牧野さんの最初の個展を行った名曲喫茶「田園」。昭和32年創業の老舗。

牧野さんの最初の個展を行った名曲喫茶「田園」。昭和32年創業の老舗。

吉祥寺の「ぶぶか」で腹拵えをしたあと 取材の約束までまだ時間があったので とりあえず近くのDOUTORで食後の珈琲を飲むことにした。そこで牧野さんにまもなくアトリエに向かう旨を伝えておこうと思ったのだが電話に出なかったのは てっきり明日から「雲のうえ」の取材のための荷造りをしているせいだとばかり考えていた。 けれど本当の理由が分かったのは国分寺駅から二度目の電話をかけたとき。牧野さん曰く 今から来るのは全然構わないのだけど 折角ここまで来たのなら寄って貰いたい喫茶店がある。そこは僕の最初の個展をやったところだし 兎に角サダマツさんは絶対に気に入るはずだ。 そう力説している牧野さんは明らかに寝起きの声だった。先ほど珈琲を飲んだばかりだったし 正直言うと僕はあまり気乗りはしなかったのだけれど もう少し寝たいのだろうと ここは牧野さんの気持を汲んで「田園」に行くことにした。

DOTOURで珈琲を飲んだばかりだったのでミルクセーキを飲んだ。

DOTOURで珈琲を飲んだばかりだったのでミルクセーキを飲んだ。

「田園」は確かにいい喫茶店だった。だいたい外観からして只者じゃないオーラを纏ってはいたが1957年創業と聞いて僕らは大いに納得した。文芸書や画集 哲学書などの蔵書があって およそ閑を持て余す事はないけれど そんなものを読まなくても 椅子に腰掛けてぼんやり店内を眺めているだけで十分愉しい。何時の時代に描かれたものなのか分からない画学生達の絵や煙草のヤニで変色してしまったベートーベンのデスマスク 年季を感じさせるステンドグラスのランプシェード それから何故か旧国鉄時代のものと思われる駅の看板があった。「時間の流れが止まった」というとあまりにも陳腐な表現だけども この店ほどその言葉が似つかわしい空間はないと思う。僕はミルクセーキを飲みながら この店の(それこそ年代物の)マダムと他愛のない話に興じてガハハハハと笑っている牧野さんを想像せずにはいられなかった。


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さて「田園」で寛いでいたらあっという間に時間が経ってしまった。 出来るだけ明るいうちに撮影に取り掛かっておきたいと考えていたので 僕はもう一度牧野さんに電話を入れると ようやくアトリエに伺う許しを得た。
国分寺というところは歩けば歩くほど牧野さんの臭いがぷんぷんしてくる町だった。僕の暮らしている町とさほど変わらない印象で 住宅街の一角には田畑があったりしたから 僕は何度も東京にいることを疑いたくなるほどだった。アトリエに着いて呼び鈴を鳴らすとやたら重量感のあるドスドスドスと階段を駆け下りてくる音が僕らを出迎えてくれた。

左/アトリエの居間には古本の入った本棚。やはり食べることが好きな牧野さんらしい「料理本」も多数あった。 右/なるようになる 心配するな

左/アトリエの居間には古本の入った本棚。やはり食べることが好きな牧野さんらしい「料理本」も多数あった。 右/なるようになる 心配するな

部屋に通されるなり「まあ、まずは横になりませんか」と言って牧野さんは押し入れから座布団でなく籐の枕を出して僕らに呉れた。そして牧野さんは横になってしまった。僕らはのっけから牧野さんのペースに巻き込まれてしまっていたわけだが しかしそれも牧野さんなのだ。とは言え 白木さんには撮影を進めて貰わなければならなかったので僕は「適当に撮っていてください」とかなりいい加減な注文をして この場の空気と同化することに決めた。処世術というと大袈裟な言い方だけど こういう一見緩そうに見えてしかし強烈な個性を目の前にしたときは それに逆らわず流れに身を任せておいてところどころ肝心な部分に「、(点)」をつけて自然に懐に入っていけばよい(分かりにくい表現で申し分けないけど)と思っている。というか 身体が自然に反応するのだった。

左/冷蔵庫の扉には牧野さんの直筆のゴミ出し日などのメモ 右/小倉の金物屋などで集めた器はとても趣味のよいものだた

左/冷蔵庫の扉には牧野さんの直筆のゴミ出し日などのメモ 右/小倉の金物屋などで集めた器はとても趣味のよいものだた

「眠れなかったのですか?」
「いや そんなことはないんだけど、今日は撮影なのに髪がぼーぼーだから床屋に行ってね。床屋から帰って原稿を書こうと思ったんだけど なんか急にフフッと疲れが来て 上で(二階)で寝てたら さっきまで寝てたんですよね」。ということだからもちろん原稿は書いてない。明日の朝一番で取り掛かればいいと考えている。「書こうと思うことはもう頭の中に出来てるからさ」。牧野さんは一週間の飛騨取材を終えて昨日帰ってきたばかりだった。そして明日からはまた九州への旅が待っている。口では平気だと言っているが相当疲れが溜まっているように見えた。僕らのために取材の時間を割いて呉れたことを何だか気の毒な気持になっていると 牧野さんは徐にギターを抱えて 今夜は「歌合戦」をやるからねと言ってギターを弾き始めた。僕は初めて聴く曲だったけど 確かその曲のタイトルは「生活の柄」だったと思う。

左/徐にギターを弾き始める牧野さん。高田渡の生活の柄」を歌った 右/買い物リストと今夜の献立を書いたメモ

左/徐にギターを弾き始める牧野さん。高田渡の生活の柄」を歌った 右/買い物リストと今夜の献立を書いたメモ

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